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広報柴胡企画連載「理事長対談」
第1回 『「無から有を生じ」その志に学ぶ』

ゲスト: (社)相模原青年会議所 初代理事長・セネター会長
矢島医院 医院長

矢島 治先輩
ゲスト: (社)相模原青年会議所 第4代理事長
宮之薬局前 取締役

古藤 友昭先輩
対談日:2007年12月29日(土)13:30〜
対談場所:相模原市橋本 矢島医院 医院長室
古橋理事長(以下古橋):本日は年末のお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。
この度、第43代理事長を拝命しました古橋と申します。宜しくお願い致します。
対談に入らせていただく前に、矢島先輩のご病状の経過を現役・OB多くのメンバーが心配しております。ご体調などいかがでらっしゃいますか?
矢島先輩(以下矢島):ご心配いただきありがとうございます。脳梗塞で倒れてからちょうど半年になりますが、御覧の通りですよ(笑)。医者の不養生とはよく言いますが、まさにそんな感じでしょうか。
古藤先輩(以下古藤):まさか普段から力漲る矢島先輩が倒れられるとは、想像もしていなかったことで、私もビックリしました。
矢島:私も82歳ですから。倒れるまでは欠かすことなく診療にあたっていましたが、それからは診察等はしていません。それでも医師会だったりで忙しくはしていますよ。
古橋:何卒ご無理をなさらずに。
矢島:まぁ、年寄りは早くお墓に入るようで良いんですよ(笑)
古橋:そうおっしゃらずに、いつまでもお元気で我々にも激を頂戴できればと思います。こうして矢島先輩の声を今のJCに届けられる機会を持つことができて嬉しいです。
では、対談に入らせていただきたいと思います。
〜相模原JCの黎明期〜
古橋:まずお聞きしたいことは設立時のお話などをお伺いしたいですね。相模原JCも私で43代になりますし、「初心忘れずべからず」という言葉もあります。今だからこそお聞きしておきたいと。
矢島:何度かお話してきていますが、私たちの若い頃は相模原市には何も無かったんですよ。色んなハードが不足してた。言わば相模原市も黎明期でしたからね。市制もやっと確立しようとしてた頃なんです。そんな中、相模原ロータリークラブの土屋章さんから「相模原にもJCを設立してくれ」と依頼されまして、東京JCの木下さんという方から熱心にお誘いを受けたのです。私は38歳でしたから「40歳までJCをやってみないか」と。それまで私はJCについて、名前も何をしている団体かも知りませんでした。
ですので、当時は「JCでこんな活動をしたい」とかいう気持ちは正直ありませんでした。しかし、毎週毎週東京JCの木下さんを始め、横須賀JCの高地さん、親LOMである川崎JCの増田さん、中野さんなど多くの方が来て下さって熱心なご指導を受けさせていただく中で「志を同じうする者相集い、力を合わせ・・・」の』気持ちが強くなりましたよ。
古藤:今思えば、35人ものメンバーが集まっての船出でしたものね。
古橋:なぜ何もないところに35人ものメンバーが集まったのでしょうか?
古藤:すべて矢島先輩の求心力、リーダーシップの賜物ですよ。「無から有を生じ」というのは素晴らしい言葉ですが、当時はただ一生懸命でしたよね。
古橋:その頃思い描いていた将来の世の中と、今の日本を比べると先輩方からはどう映りますでしょうか?
矢島:私たちがJCを創った頃は、まだまだ戦後の世の中でした。日本の国力もたいしたことはなかったです。全国的にもJCがたくさん創設されていた時期でもあります。今の若い人たちのように遠い将来に向けて活動はできなかったですよ。目の前のことに向き合うだけという感覚だったのではないでしょうか。
古藤:そうですね。正直言って、日本をどうにかしようとか世界に向けてという発想は無かったですよね。それはJCに限ったことではなく、世の中全てがそんな感じでしたよね。まちが良くなれば日本も良くなるだろうと。
矢島:当時は市行政とも一緒に色んな活動をしましたから。
古藤:そうですね。市行政からJCが頼られる部分も大きかった。私など理事長バッヂを付けて市役所の中を闊歩するのが気持ち良く感じた時期もありましたよ。若気の至りですが・・・(笑)
古橋:戦後の混沌とした時代で、世の中にもまちにも無い物が多かった。行政だけではできないからJCと一緒にやっていたということなんですね。今は市行政とそこまで密な関係ではないですがそれは行政基盤ができあがったということなんでしょうね。
矢島:そうでしょう。
古藤:JCの役割は「まち」が変われば変えていくものですからね。
〜現在のJCについて〜
古橋:今のJCに対してはどんなイメージをお持ちでらっしゃいますか?
矢島:卒業した者が現役のやる事に口を出しちゃいけないというのがJCだと思っていますので、私は特にいう事はないですよ(笑)。ただ私の耳にも入ってくる素晴らしい事業も展開しているようですし、頑張っているんだなとは思っていますよ。
古藤:懐かしいですね。私も矢島先輩からよく卒業したら口出すなと言われていました(笑)私は口を出す気はないですが、JCの名前をさくら祭りなど以外で聞けないのが寂しいですね。橋本の七夕まつりなどでも聞きたいですよね。まちづくりというのは色んな意味があるものですが、JCのまちづくりと一般市民のまちづくりと一致しているわけではないと思うのです。150名ものメンバーの団体になったのですから、その辺も考える時期でもあるのではないかとは思います。
古橋:相模原青年会議所のシニアクラブがありますが、現役も大事ですがシニアクラブにも元気があると有難いです。
古藤:シニアクラブに出来る事は多いと思いますよ。求められてあるべきなのでしょうシニアクラブは。矢島先輩のお言葉通りに現役にとって煩い存在になってしまってはダメですからね。
矢島:人間は生まれたら必ず死ぬんですよね。当たり前なんです。私は医師会に出向いても「また生きて来ちゃったな」と言っていますよ(笑)年寄りがしゃしゃり出ないとダメなJCではないでしょう。シニアメンバーにはシニアとしての役割を守って頑張って欲しいですね。よき理解者でないといけません。
〜現役メンバーへ伝えたい〜
古橋:今のJCメンバーにメッセージなどをお送りいただけますでしょうか。
矢島:それぞれに自分の職業をしっかりやって、その上でJCはJCでやりなさいということでしょうかね。JCは40歳で終わりですから、その中で思いっきりやりなさい。いくらやり残した思いがあっても卒業したら現役に口を出してはいけないということです。
そしてJCで培った事をリタイヤしたあとの活動に繋げて欲しいですね。それが大事です。私が退任する時に「現役メンバーはでしゃばりなさい、自己PRをしっかりやりなさい」と言いました。そして「自分の仕事が失敗したらJCを辞めなさい、成功したらJCに戻りなさい」とも言いました。
古藤:私自身、様々な活動やもちろん仕事でも、JCで繋がった人脈は財産になっています。「奉仕・修練・友情」で結ばれた絆は強いですよ。20代30代での最優先事項は自分の人格を形成すること。その前に世の中がどうのということは言えないのではと思います。社会人として世の中の為に何かしようという事も大事だが、まぁその両輪のバランスを崩さないように頑張って欲しいですね。人格を磨く事、そこに意義があると思います。
古橋:ありがとうございます。現役としてお言葉を胸に刻んで励んで行きたいと思います。本当に本日は誠にありがとうございました。
【広報担当理事の編集後記】
 今回柴胡の企画で理事長の対談を連載でやろうと思い立った時、やはり初代理事長の矢島先輩にはどうしても対談をお願いしたいという私の思いがありました。
 ご病状を心配されている現役・OBメンバーの声が多かったこともその理由のひとつなのですが、個人的な理由と致しまして矢島先生(あえてこう書かせて頂きます)に私のJC活動を見てもらいたいという気持ちもありました。私の生家(今もですが)は矢島先生の医院の隣なのです。生まれてからずっと病気をしては矢島先生に診て頂いてきたのです。私がJCに入会して初代理事長が矢島先生だったと知った時から、いつかは「隣の賢ちゃん」ではなく、JCメンバーとしてお会いしたいと思い続けてきたわけなのです。皆さんご存知のように矢島先生は去年より体調が心配なご状態でいらっしゃいましたので、なかなかその機会にも恵まれず、今回、広報担当という立場でこのような企画を始めさせて頂くことで実現することができました。
 やはり「0から1」を生み出した方々のお話は非常に興味深く、重いものが伝わってきます。今、何気に当たり前にできる活動もやはり矢島先輩や古藤先輩たちのご活躍の上に成り立っているのだと痛感致しました。
 ぜひ、今回の記事からメンバーひとりひとりが何かを感じ取って頂きたいと思います。そして後輩に伝えていって頂きたいとも切実に思います。
 我々のJC活動に欠かす事のできないない「奉仕・修練・友情」は先輩方から脈々と受け継がれ、誇るべき伝統なのではないでしょうか?


(社)相模原青年会議所 広報担当理事 佐藤 賢一
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